こんにちわ。
本ブログの管理人、RRです。
今回は北野唯我さんの
「戦国ベンチャーズ ― 人事の天才・徳川家康と曹操に学ぶ、「強みの経営」とは?」
の要約第二弾をお送りします。
はじめに
第一弾では、本書で大きく取り上げられている曹操をベースに記事をまとめてあります。
第二弾では、本書で曹操と同じく大きく取り上げられている徳川家康についてまとめます。
徳川家康が実践した、現代の経営にも活用できる「強みの経営」とは、どんなものだったのかを取り上げます。
簡単に、曹操編のまとめをこちらに。。
- 日本が飛躍するためのカギは年功序列制度をヲワコンにして、強みの経営を実践することである
- 強みの経営とは、人材の強みを活かして共同の事業を作り上げる組織運営を指す。一代でのしあがった名将は常に人材登用が「強みの経営」を実践している
- 曹操は、才能ある人の強みにだけフォーカスをあてて評価・登用した。それ以外の家柄、経歴、素行とかは考慮に入れなかった。その結果、高いレベルの人材が集まる組織を構築することができた
- 曹操は自らが多才であったため、いろいろなジャンルの才能に気づくことが出来た。そして、その才能たちを次々と抜擢人事で配置することで、組織の弱みを補完して強い組織を作った
- 抜擢人事は羨望や妬みを生む反面、健全な競争を組織に生む。この競争が組織を強くする大きな要因になる
です。
では、第二弾の徳川家康編を始めます!
ぜひ、最後までお付き合い下さい。
では、いってみましょう!
そもそも徳川家康ってどんな人?
日本人なら誰もが知っている徳川家康。
言わずと知れた江戸幕府の創始者です。
説明不要だと思うのですが、念のため簡単にご紹介します。
徳川家康が大阪夏の陣で豊臣氏を滅ぼし、江戸幕府を開いたのは1603年。
江戸幕府はその後、大政奉還で徳川政権が終了するまでの260年も続きました。
そんな超長期政権の礎を築いた人、それが徳川家康です。
【徳川家康】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7
家康は人材活用とキャリア設計の名手
家康がなぜ、江戸幕府を開き、長く政権を担う組織を作り上げることが出来たのか。
その理由のひとつとして、家康の人材登用に関する高い知見があります。
賢を尊び、能を使う
家康は自身の人材登用術を孟子(もうし)の言葉を使って
「賢を尊び、能を使う」
と言っています。
この言葉の具体的な意味として、
- ”賢”ある人物は出世させ、まつりごと(チームの統治)をやらせ、
- ”能”ある人物は彼らが多少素行が悪くても、抜擢して業務を任せるべき
と家康は述べている。
ここでいう、
- ”賢”とは人徳と忠誠心があり、謙虚で勤勉に働く人物
- ”能”とは卓越した才能を持つもの
をさします。
これを会社に置き換えると、
- ”賢”ある人物→給与を増やし、チームの統治を任せる
- ”能”ある人物→日頃の行動には目をつむり、抜擢人事でどんどんプロジェクトを任せる
となります。
たしかに”賢”と”能”って性質違いますよね。
けど、会社だと、「あの人は優秀!」といった言葉で、ひとくくりに扱われていることが多いイメージです。
このあたりの差分を理解せず、
- ”能”あるけど、人徳がない人に統治行為をさせる
- 特殊能力が求められるプロジェクトなのに”賢”が強い人物をアサインする
といったことをやってしまい、失敗する構図が多いように思えます。
「あいつ優秀だったのに・・・なんで??」
って多くの人が思うやつです。
強みを徹底的に活かそう
また、家康は人材登用に関して、以下のようなことも述べています。
「人を用いるには、かならずその者の長所を取るべきである。たとえば耳目口鼻のようなもので、おのおの司る(つかさどる)ところがあって、それによって用をなしている。鵜(う)は水に入ってこそ能があり、鷹(たか)は空を飛んでこそ能がある。人間というものは、それぞれすぐれたところがあり、すべての長所が一人に備わっていることを求めてはならない。」『名将言行録』
要するに、
個々の強みを徹底的に活かそう!
ということです。
家康は、さきほどの”能”と”賢”という「強み」に焦点をあてて、人材登用することを実践しました。
家柄、経歴、素行など関係ありません。
まさに曹操と同じ「強みの経営」です。
家康も年功序列は採用せずに江戸幕府の礎を築きました。
人の強みに焦点をあてて、人材登用することが、強い組織を作ることにつながることがよくわかります。
「賢を尊び、能を使う」家康が実践していたこと
「賢を尊び、能を使う」
言葉にすれば簡単ですが、実践するには具体的に何をすればいいのでしょうか。
ここでは、家康がどうやって「賢を尊び、能を使う」という考え方を実践していたかをご紹介します。
諫言や苦言も受け入れる度量の深さ
家康には諫言や苦言も受け入れる度量の深さがありました。
それにより、強みの経営が生むいざこざを回避することにつながりました。
強みの経営を行うことは、抜擢人事を頻繁に行います。
抜擢人事を頻繁に行うと、組織内に抜擢されなかった人間の嫉妬が渦巻くことになります。
この嫉妬がボトムアップで組織のトップに諫言、苦言を生む傾向があります。
扱いを間違えると、不満が爆発して裏切られることも。。。
例えば、信長と比較するとわかりやすいです。
信長は、その天才的・革新的なイメージを考えると、苦言や諫言を伝えやすい雰囲気はなかったと推測されます。
だから、最終的には明智光秀からの裏切りにあい、自害することになったかもしれません。
一方で、家康は部下からの意見を真摯に聞いたエピソードが数多くあります。
- 城壁に書かれた政権批判の落書きを消さずに、「学びがあるものもある」として残した
- 部下からの中身のない苦言がきても、上に伝えるという行為自体が素晴らしいとして、丁寧に対応して部下からの信頼を勝ち取る
こういったチームのトップが諫言、苦言を受け入れる姿勢は、強みの経営をやる上では必要な要素だと言えます。
家康が影響を受けた書、「貞観政要」
なぜ、家康に諫言や苦言も受け入れる度量の深さがあったかというと、徳川家康が愛読した貞観政要という本の影響です。
貞観政要は、名君といわれた唐の太宗の政治に関する言行を記録した書です。
太宗の政治は、中国四千年の歴史で最も安定した時代であり、「貞観の治」と言われています。
それゆえに貞観政要は古来から帝王学の教科書とされてきました。
日本でも数多くの関連書籍が発刊されています。
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三鏡(銅の鏡、歴史の鏡、人の鏡)
貞観政要の中に三鏡という話があります。
- 銅の鏡→自分を見直
- 歴史の鏡→過去の失敗や成功から学べ
- 人の鏡→部下や周りから学ぶこと
この3つの鏡からを使って、政(まつりごと)をするべきという内容です。
言うは易しで、実際にやるとなると非常に難しいです。
特に3つめにある”人の鏡”は簡単ではありません。
リーダーとして、部下からの苦言や諫言に耳を傾けることはなかなかできることではありません。
しかし、家康はこの”人の鏡”を愚直なまでに実践しました。
もし、自分の会社に苦言や諫言に耳をしっかり傾ける上司がいたら、ついて行こうと思えますよね。
この度量の深さが、家康の強みの経営を実践できた要因のひとつとなっているのは理解ができます。
ハードな経験から多くを学ぶ
リーダー本人がハードな経験をしているかは、強みの経営を実践する上で、重要な要素です。
ハードな経験が大きな学びを得る機会となり、自分や周囲の強みに気づくことができるからです。
加えて、家康は、「最高性」と「回復性」の鬼といわれています。
ここでいう「最高性」と「回復性」とは、
- 最高性→学習と改善を繰り返し高みを目指す力
- 回復性→問題発生時に修復する力
です。
強みの経営を実践する上で重要なのは、
- 自分がどんな強みを持っているか
- だれがどんな強みを持っているか
- その組み合わせでなにが最適か
を理解することです。
そのために自身が、人や歴史から学び、強みを研究する必要があります。
また、ハードな経験をしていればしているほど、学びが大きくなります。
ハードな状況では、自分も周囲も、”強み”をむき出しの本音で向き合うからです。
そして、そういったハードな状況を、修復する中で、自分や周囲の強みの最適解を知ることもできます。
ハードな状況は強みを把握し、かつ、最適な組み合わせがなにかも理解できる機会です。
家康は
- 幼少期から今川家に人質へ出される
- 今川家から突如拉致られて織田家に人質へ出される
- 拠り所にしていた今川義元が信長に討たれ、自身はどう身を振るべきか判断を求められる
- 武田信玄との戦で大敗する
などハードな状況を乗り越えてきた経験があります。
そして、多くのハードな経験の中から、学習と修復を繰り返してきました。
そのことで、自身や周囲の強み、その最適な組み合わせ理解することができました。
その学びから、強みの経営を実践することができたといえます。
そう考えると、リーダーたるもの日頃から苦労は買ってでもしなければならないのかもしれません。
おわりに
いかがだったでしょうか?
本日は北野唯我さんの「戦国ベンチャーズ」から徳川家康にスポットをあててみました。
まとめると、
- 家康の登用方針は、「賢を尊び、能を使う」であった。
- ”賢”とは人徳と忠誠心があり、謙虚で勤勉に働く人物であり、”賢”を持つものには組織の統治を任せた。”能”とは卓越した才能を持つものであり、”能”を持つものにはプロジェクトのリーダーを任せた。
- 家康は”賢”と”能”にだけスポットをあてて、人材を登用した。
- 家康は貞観政要を愛読し、部下からの諫言や苦言も受け入れることを愚直に実践した。それにより、強みの経営が生むいざこざを未然に防ぐことができた。
- リーダー自身がハードな状況を何度も乗り越える経験をし、その経験か多くを学ぶことで、自分自身や周囲の強みがなにかを真に理解することができる
本記事は以上です!
では、また!